相談七十四 出家しようと思います 光源氏(京都)
あの人はいないのに、季節だけはいつも通り巡ります。紫の上が好きだった春が来て、花が咲き始めても、それを喜んでくれる人ももういません。どこを見ても空しく、思い出されるのは紫の上のことばかりです。雀の子を追いかけて走り出してきた春の日。二条院に初めてやってきた十歳のころ。お人形遊びをしたり、私とふざけたり、本当にかわいい人でした。初体験の時にはすねて夜具から出てきませんでしたっけ。そして須磨の別れ。あの人にはつらい思いをさせました。なのに明石の君に心を分けたりして。そして女三の宮のこと。自分よりも身分の高い正妻と結婚して、あの人はどれほど傷つたでしょうか。紫の上はそんな苦しみを顔には出しませんでしたが、密かに涙を流していたのは気づいていました。それでも私には笑顔で接してくれていました。
私はあの人のいない毎日を、悲しみに浸り、女房達と思い出話ばかりして過ごしています。こんな状態では人前で失敗もしでかしそうで、人に会うことも滅多になくなりました。あの人の丹精した庭の花が咲いては散るのを眺めているだけです。時にはほかの妻達を訪れることもありますが、女三の宮は人の気持ちを考えてくれないし、明石の君を訪れても、夜をともに過ごそうと思えなくなったのです。
そうやって嘆き悲しんでいるうちに夏が過ぎ、秋になりました。紫の上の一周忌法要には彼女が作らせた極楽の曼陀羅などを供養しました。来春には出家の本懐を遂げるつもりです。そろそろ準備にかからなければいけません。あまたある恋の手紙も紫の上の手紙も焼き捨てました。立ちのぼる煙を見ていると、さすがに涙がこぼれます。年末には恒例の御仏名の行事を執り行い、久しぶりに大勢の人々の前に顔を出しました。もうじき新年です。年が明ければ、私は出家します。最後の年賀のための準備は盛大にしましょう。紫式部さん、私の話を最後まで話を聞いてくださってありがとう。さようなら。
回答 紫式部・作家
悲しみの底に沈んでいたあなたも、ようやく顔を上げられるようになったのですね。とうとうご出家ですか。精一杯の功徳を積まれますように。思えばあなたとのおつきあいももう五十二年になります。長いですね。あなたは生まれて間もなく母を亡くしてから、数々の恋に身を焦がし、涙を流してきました。中には許されない恋もありました。位人臣を極め、栄華を誇ったときもありましたが、危ない橋を渡ったり、失意の日々もありましたね。紫の上の死は中でももっともつらい出来事だったでしょう。正直、このまま立ち直れないのではないかと思いました。でも、あなたはようやくそれも乗り越えたようです。何だか安心しました。
それでは私もそろそろ店じまいをいたしましょう。また、お目にかかれるのを楽しみにしています。
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