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「源氏物語に見る 王朝貴族の失敗学31」 中年・光源氏の複雑な親?心 1

■養父のあやしい恋

夕顔の娘、玉鬘が光源氏のもとに引き取られて数カ月が経ちました。この頃の光源氏は「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることもなしと思へば」と呼んだ藤原道長さながら、権勢を極めていました。位は太政大臣。大邸宅の六條院には自分の妻たちを住まわせ、四季折々の楽しみを享受していました。おそらく、源氏物語でももっとも華やかな世界が繰り広げられるのが、前回取り上げた「初音」の巻から「藤裏葉」あたりでしょうか。

六條院では折々にさまざまなイベントが催されます。例えば3月20日には池に龍頭鷁首の船を浮かべて音楽を楽しむ「船楽」が行われました。遅咲きの桜に加え、藤や山吹などの春の花が咲き、鳥がさえずる中、雅楽寮の人を呼んで音楽を演奏させます。

宴は夜に入っても続き、楽人だけでなく、呼ばれたゲストも歌を歌ったり楽器を演奏したり、雅なひとときが過ぎていきました。ゲストはそれぞれに宴をを楽しんでいるのですが、ちょっとほかのことに気をとられているような人もいます。そのうちの一人が兵部卿宮。この人は光源氏の異母弟です。絵や音楽など芸術に造詣が深い人物として描かれています。

いま、彼が気になっているのは光源氏邸に引き取られたという、新しい姫君のこと。世間では「光源氏が行方知れずだった娘を引き取った」ということになっているので、兵部卿宮は光源氏の娘だと信じ込んでいます。彼は長年連れ添った妻を亡くし、ここ3年ばかり寂しいやもめ暮らしだったこともあり、だれに気兼ねすることもなく、ここしばらくは玉鬘に思いを寄せているのでした。

ほかにも何人もの男性が玉鬘に思いを寄せていました。ラブレターもたくさん届きます。もちろん、兵部卿宮からも届いています。また、髭黒と呼ばれる右大将からも届いていました。この人は生真面目な高官です。そうした中に、内大臣(もと頭中将)の息子、柏木から届いた手紙もありました。玉鬘の実の兄ですが、柏木はそれと知らないので、ラブレターを送ってきたのでした。

おかしいのは、光源氏がいちいちそれをチェックしていること。さらに、兵部卿宮は優雅な人だから返事を出せだの、右大将より身分の低い人には返事を出すなだの、いろいろ指図をします。あきれた養父ぶりです。

だけど、実のところ玉鬘に一番思いを寄せているのは光源氏です。あの夕顔の忘れ形見。彼女にも増して華やかで優雅で、若々しくかわいらしい玉鬘。その面影は次第に光源氏の心からさりがたくなり、光源氏の心は久々の恋に打ち震えます。いまなら父親面をして、玉鬘の几帳の中に入ることもできます。女性が男性にはほとんど顔を見せなかった当時、これは親兄弟と夫、恋人だけに許された特権でした。

ある日、光源氏は玉鬘の元を訪れ、とうとう切ない胸の内を打ち明けてしまったのでした。「かくて見たてまつるは、夢にやとのみ思ひなすを、なほえこそ忍ぶまじけれ。思し疎むななよ=こうやって顔を見ることができるのが夢のようだと思っているけれど、やっぱり我慢できない。どうか嫌わないでください」と彼女の手を取って切々と訴えます。

だけど、玉鬘にしたらいままで養父と思っていた人にこんな風に迫られたらどうでしょう。しかも、光源氏はお金持ちで地位があって美しいとはいえ、もうおっさんです。正直、面倒なことになったと思っているのではないでしょうか。困った親もいたものです。(次回に続く)

※本稿は関西インターネットプレス(KIP)より転載いたしました。

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Kochou

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お知らせ 週刊ポストに掲載されました

このブログをご覧のみなさまにお知らせです。
いま発売中の週刊ポスト1月30日号44〜46ページに、少しですが、私の談話が掲載されています。
昨年12月、山下柚実さんという作家の方に源氏物語に関する取材を受け、このほど記事になりました。
よろしければご一読頂ければ幸いです。

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清涼寺の仁王門、壊される

嵯峨清涼寺は以前にも書いたが、光源氏のモデルの一人といわれる源融の別業あとである。周囲は静かな住宅街。民家の間抜けるまっすぐな道の向こうに、山門が堂々たる姿を見せていた。

それが12月12日未明、飲酒運転の車によって破壊されてしまった。報道の写真で見るだけでもずいぶん無惨な姿だ。片方の扉は完全にはずれて倒れ、もう一方もひどく壊れている。正面から門に突っ込んだと考えられているが、仁王門の前は石段がある。それを乗り越えていったなんて、正気の沙汰ではない。1783年に建てられた仁王門は230年以上の風雪に耐えてきた文化財だ。それがこんな形で毀損されるのは、非常に残念だ。実に罰当たりな所業である。仏罰が下ればいいのに、と思う。


P2007121200077

写真は京都新聞から拝借

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英訳でわかる源氏物語の新しさ サイデンステッカー氏死去

源氏物語は、日本文学の最高峰であり、世界的にも誇るべき文学の一つだろう。しかし、原文は難解で、これを読みこなすのは専門家でなければ現代人にはかなり難しい。そのため、これを敬遠してきたひとも多いはずだ。

何人かの文学者のことばで興味深く感じたのが「英訳で読んで、初めて『源氏物語』の新しさを知った」というもの。原文やこれまでの現代語訳では、カビの生えた古典にしか思えなかったものが、英訳という新たな切り口によって、内容の普遍性やストーリー展開のおもしろさに気づいたというのだ。

そういう観点から見ても、源氏物語を完全英訳したサイデンステッカー氏が日本文学に残した業績は大きい。あの膨大で難解な文章を、よく全訳したものだと思う。これによって源氏物語が世界に紹介され、日本文学のレベルの高さを知らしめることになったのだ。なお、源氏物語の英訳は、アーサー・ウェイリー氏の方が先だが、こちらは抄訳であり、欧米人に理解しやすい意訳などもあるので、原作とはかなり印象が違うそうだ。

サイデンステッカー氏は米海軍で日本語を学んだあと、海軍の語学将校として硫黄島作戦などにも参加、戦後は情報将校として日本に進駐している。退役後は外交官として再来日し、東大大学院で平安文学を学んだという。源氏物語の英訳は75年。そのほか、川端康成の『雪国』や谷崎潤一郎の『細雪』などを英訳している。昨年、日本の永住権を取り、東京で暮らしていたが、今年4月、転倒して頭部を強打、その後意識が戻らず、26日逝去された。ご冥福を祈りたい。

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