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2010年7月

「源氏物語に見る 王朝貴族の失敗学42」 光源氏、女三の宮に見捨てられる(2)

■出家を願いでる女三の宮

さて、生まれた子が男児だったのは光源氏にとってよかったのか、どうなのでしょうか。「こんな子が父親そっくりの顔だちで人前に出るのはいかがなものか。女の子なら大勢に姿を見せることもないので安心だ」と思う一方、「こんな疑いのある子は、手のかからない男の子の方がいい」と悩んでいます。そして「これはあの罪の報いなのか…。それなら来世の罪も少しは軽くなるだろうか」と思うのでした。

だからといって生まれた子を大切にすると言うわけではありません。遅くに身分の高い妻にできた子なら、そばを離れないぐらい大切にするだろうに、ほとんど関心を示さない光源氏に、事情を知らない女三の宮の老い女房らは不満顔で、文句を言ったりしています。女三の宮自身は出産という気味の悪い体験をしたこともあり体調が悪く、光源氏がこの先ますます冷たくなるだろうと考えると、いっそ出家してしまいたくなるのでした。

光源氏は忙しさにかこつけてなかなか女三の宮の元を訪れず、昼間にちょこっと顔を出したりします。その折を伺い、女三の宮は出家を申し出ます。その様子はいつもよりも大人びています。弱々しい姫宮だった女三の宮はいくつもの修羅を乗り越え、出産を経て光源氏の知る女三の宮とは別人になっていたのかもしれません。

光源氏は、「その方がいいかもしれない」と思いながら、まだ美しい盛りの女三の宮の髪を切ってしまうのが気の毒だと「気持を強く持ちなさい」といなし、薬湯を飲ませます。弱々しく儚げな女三の宮はかわいらしく、「どんな過ちがあってもゆるしてしまいそうな姿だ」と光源氏は考えています。詰まるところ、まだまだ美しい女三の宮を失いたくない、という光源氏のエゴがまさったというところです。

女三の宮の父・朱雀院は娘の出産を山の寺で聞きました。出家したとはいえ、カワイイ娘の初めての出産が安産というのに体調が悪いと聞き、会いたくて矢も立てもたまりません。女三の宮も父が恋しくもしかしたらもう二度と会えないかもと泣くので、光源氏はその様子を朱雀院に伝えます。朱雀院はある夜急に女三の宮のところへやってきました。

元帝の急な訪れに光源氏は恐縮至極です。こうして久々の親子対面となりました。そこで女三の宮は「生きていられそうにないのでこのついでに尼にしてください」と訴えます。本人に対しては「それは結構だが、さすがに死ぬとは決まっていない。若い身空で出家すると間違いが起きたりもする」とはいいながら、光源氏には「これが最後の様子なら、出家させてやりたい」と言います。

光源氏は「物の怪などが誑かしてこう仕向けることもあるそうなので、私は聞き入れなかったのです」とオロオロしています。朱雀院は「もし物の怪でも、それは悪いことではないし、こんなに弱っている人の願いを聞き流してはあとで悔やむのでは」と言います。その心には「安心して女三の宮を任せたのに、愛情はいまひとつだった。世間の人の噂なども残念だったが、この機会に出家するのも悪くないだろう。光源氏は後見役としてはまだ役に立つ。桐壺院の遺産の三条の宮に女三の宮を住まわせよう」と意外に冷静に事態を把握し、将来を考えています。

「私がこうしてきたついでに仏縁を結ぶことにしましょう」という朱雀院のことばに、光源氏は周章狼狽、いままでの恨みなどすっかり忘れてこらえきれず女三の宮の几帳に入って思いとどまるよう説得しますが、女三の宮の意思は固く、ついに尼姿になってしまいました。そりゃそうです。あれほどさんざんな扱いをしておきながら、いまごろになって「何で私を見捨てて出家するの」と言われても、見くびるな、という感じでしょう。

こうして女三の宮は出家してしまいました。いままでいつも光源氏の後塵を拝していた朱雀院と光源氏からはペットのような扱いを受けていた女三の宮がタッグを組み、光源氏から自立したのです。結果、光源氏は女三の宮に見限られ、見捨てられた形です。去りゆくものは常に美しい。光源氏は後に残され、戸惑いうろたえるだけでした。光源氏はいつも優位に立っていたはずの、自分の足もとががらがらとくずれるような思いだったのではないでしょうか。彼の驕りが招いた大きな敗北=失敗でした。(この項終わり) 

※本稿は関西インターネットプレス(KIP)より転載いたしました。

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「源氏物語に見る 王朝貴族の失敗学42」 光源氏、女三の宮に見捨てられる(1)

■死にゆくものと産まれいずる命

光源氏ににらまれてからすっかり病みついてしまった柏木は、いっこうに回復する気配がありません。むしろ自分で死を願うほどです。藤原氏の大臣の家に生まれ、少年のころから高い理想を持って生きてきた柏木ですが、実際は官位が低いと女三の宮をめとれず、女三の宮に身分で劣る女二の宮を妻にするなど、なかなか思うような人生ではありませんでした。プライドの高い人が挫折を繰り返してきたのです。

女三の宮と密通して、ひとときは舞い上がるような心地だったかもしれませんが、それも光源氏に露顕し、いまや挫折と敗北感の塊のような男です。こういう人はいったん心が折れてしまうと、立ち直れないのでしょうか。ものも食べず、緩慢な自殺へと向かっているといえます。それでも女三の宮のことだけは忘れられず、少し気分のよいときに手紙を書きます。

その内容も、「私が荼毘に付されて煙になってもあなたへの恋の思いは残るのでしょうか」といった未練がましい手紙。「せめて『あはれ』とだけでもおっしゃってください」と懇願するような内容です。柏木を手引きした小侍従に「もしかしたらこれが最後かもしれません。このお返事だけは」とすすめられても、女三の宮は返事を書こうとしません。光源氏の機嫌が悪いのがやはり恐いのでしょう。それでも硯まで用意されて、ようやく筆を執りました。

これを持って小侍従は柏木を訪ねます。ちょうど柏木の父(もと頭中将)が葛城山の聖を呼んで陀羅尼経を読ませているところでした。柏木自身はそれすら疎ましくて、そっと寝床を出て小侍従と話をします。「光源氏様ににらまれてから魂が出ていったようだ。六條院の中でさまよっていたら、魂を結び止めてよ」などととりとめもなく語らう様子が、まるで抜け殻のようです。小侍従は女三の宮が沈み込んでいる様子を伝えます。その返事には「私もあなたと一緒に煙になって消えてしまいたいほどです。辛い思いで乱れる煙を比べるために。 私も遅れはしません」とあります。

これまで、どんなに言葉を尽くしても柏木への思いを口にすることはなかった女三の宮ですが、最後にこのような手紙を寄せてくれました。柏木はどれほどうれしく思ったでしょうか。もちろん、女三の宮は恋心から書いたのではないでしょう。ただひたすら自分も消え入りたい気持だったからこそ出たことばかもしれません。それでも柏木には切ない恋心を訴える手紙に読めたのではないでしょうか。

その夕暮れ、女三の宮に出産の兆候が現れ、光源氏もあわてて駆けつけました。「もし、何の疑いもなくこの出産を世話できるならどれほどうれしいだろうか…」と思うに付けても残念ですが、とりあえず加持祈祷をさせたり、一通りの世話はします。女三の宮は夜通し苦しんで、日が昇るころ男児を出産しました。光源氏48歳の春のことです。(次回に続く)

※本稿は関西インターネットプレス(KIP)より転載いたしました。

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「源氏物語に見る 王朝貴族の失敗学41」 柏木君、ちょっと来い(2)

■「イケズ」の原点、ここにあり

さて、朱雀院の五十の賀について、女三の宮もいつまでの延期ばかりしていられません。冬も終わりに近い12月の10日過ぎに催すことにしました。旧暦ですからちょうどいまごろの季節です。舞や音楽の稽古が始まり、六條院は大騒ぎ。試楽=リハーサルには紫の上が療養中の二条院から戻り、明石の君の娘の明石の女御も宮中から里下がりしてきます。先ごろ男の子も生まれ、光源氏の子孫も増えつつありました。さらに玉鬘や夕霧もやってきます。

こんな時、音楽の名手の柏木が参加しないのはイベント的にもつまらないし、世間体も気になります。光源氏は柏木を呼ぶように伝えましたが、本人は重病を理由にやってきません。悩み深そうな様子に光源氏も気の毒になり、手紙を送ります。柏木の父もなぜ行かないのかいぶかしがって、六條院に向かうよう促します。柏木は仕方なく起き上がり六條院に参上しました。

久々に会う柏木はやせて面やつれしていますが、それがかえって優美に見えます。元もとイケメンなのでちょっと愁いを帯びてさらに色気を増したような感じでしょうか。光源氏は無沙汰を侘び、朱雀院の五十の賀を行いたいと伝えます。その表情はいつもと変わらずやさしげで、裏もなさそうに見えますが、後ろめたいところのある柏木は気が引けて自分の顔色も変わっているようで、返事すらなかなかできません。かろうじてあいさつを交わしますが、自分への期待を語る光源氏のことばを聞いていると早くこの場を立ち去りたくなります。

この部分だけを見ると「光源氏って、大人じゃん」と思います。柏木も光源氏のことばにはうれしさも感じたようですが、やっぱり心苦しいのがホンネ。早々と光源氏の元を辞し、試楽の演出にあたります。この人は音楽方面の才能は抜群です。楽人や舞人の衣装などもこまごまと演出を加えます。本番さながらの華やかなリハーサルが行われ、髭黒と玉鬘の子どもや、夕霧、蛍兵部卿の息子など小さな子どもをはじめ、一族が舞を舞い、楽を奏で、あっという間に時が過ぎました。

もちろん、宴席にはお酒も出ています。子どもたちの舞を見ている人の中には涙を流す人も。光源氏は「年を取ると、つい酔い泣きしてしまうね。柏木がこっちを見て笑っているよ。恥ずかしいなぁ。でも、それももう少しだ。年月は逆さまに流れないからね。老いからはのがれられないよ」と柏木に目を向けます。

ほかの人にはほんの冗談に聞こえるこのことばですが、真実を知るものだけにわかる意味があります。柏木は光源氏にひたと見つめられたとたん、動悸が激しくなり、頭痛すらしてきました。それでも宴席には盃が回ってきます。口だけ付けてごまかそうとしていましたが、光源氏はそれを見つけてお酒を無理強いします。

女三の宮に対する態度といい、柏木に対することばといい、ネチネチと相手をいびる光源氏の様子は京ことばでいう「イケズ」そのものです。1000年前の物語にイケズの原点が描かれているとはおどろきです。とまれ、柏木は光源氏のイケズに耐えかねて、早々に退出しましたが、めまいはするし、そのまますっかり病みついてしまいました。若い二人の失敗に誘われた光源氏のイケズですが、それが有望な青年の将来すら左右することになるとは、このときはまだだれもわからないのでした。(この項終わり) 

※本稿は関西インターネットプレス(KIP)より転載いたしました。

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