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「源氏物語に見る 王朝貴族の失敗学40」 子どものような女の魅力(1)

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■光源氏と柏木の女三の宮評

光源氏が柏木の手紙を読み、柏木と女三の宮の密通が露顕した日から、光源氏は女三の宮の元を訪れません。女三の宮は「私の失敗のせいだわ…。お父様にも知られてしまったらどうしよう」と、おびえるばかりです。

柏木は六條院でそんな事態が起こっているとはまったく知りません。相変わらず、小侍従に「女三の宮様に手引きしてよ」と、しつこく頼んできます。確かに、光源氏の足は途絶えていますが、こんな時に手引きをしたらますます面倒が起こりそうです。思いあまって小侍従は、光源氏に知られてしまったことを、柏木に伝えました。

このときの柏木の様子を、原文では「空に目つきたるやうにおぼえて=空に目が付いているような気がして」、と表現しています。天は何もかもお見通しなのか、という感じでしょうか。ましてあの手紙。女三の宮への思いや二人のことがあれもこれも事細かに書かれています。あれを光源氏に読まれてしまったのですから、もう顔向けはできません。柏木は自分の犯した罪の大きさに、身も凍り付いたようで、気が気ではありません。気分すら悪くなって、内裏にも参内せず、お仕事もサボる始末。

実のところ、密通そのものはたいした罪ではありません。それよりも光源氏に知られてしまったことがショックで、恨めしいのです。そこでふと、女三の宮のたたずまいに思いがおよびます。「そういえば、奥ゆかしい雰囲気はなかったんだよね、彼女。蹴鞠の時、あんな風に姿が見えたっていうのも、ホントならあり得ないよな。あの身分にしては軽率な人だったんだ」と、女三の宮の欠点をあげつらいます。でも、実のところ、女三の宮への思いをさまそうとして欠点を探しているのかもしれません。あるいは自分の失敗を、彼女への批判にすり替えようというのでしょうか。

一方、光源氏。一時は女三の宮を見捨てようと思っていましたが、不思議に彼女への思いがわき上がってきます。六條院を訪れて女三の宮の姿を見ると、胸苦しく思うのでした。ほかの男に寝取られてしまった、嫉妬なのかもしれません。彼女の立場上疎略に扱うことはできないので、祈祷などはさせ、丁重に世話をします。でも、さすがに同じ寝所に休んでもその気にはならず、光源氏は一人煩悶しています。その様子を見て、萎縮している女三の宮を紫式部は「心幼し=ガキのようだ」と評しています。

光源氏も彼女のことを「こんな性格だからこんな事件が起こったんだ。おっとりしているのがいいっていっても、こんなに心配になるほど世間知らずなのは頼りなさ過ぎだ」とばっさりと断じます。柏木も光源氏も女三の宮の子どもっぽさにうんざりしているように見えます。しかし、二人とも彼女を見捨てることができません。あまりにも子どもっぽい女三の宮は、男性の保護本能をかき立てるのかもしれません。意外な彼女の一面が見えた気がします。(次回に続く)

※本稿は関西インターネットプレス(KIP)より転載いたしました。

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