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2010年5月

「源氏物語に見る 王朝貴族の失敗学38」 悲劇の幕は上がった(2)

■女主人の寝室に男を引き入れる女房

柏木は中納言に昇進しました。帝の信任も厚く、将来を嘱望された人です。女三宮の姉の女二宮を妻にしていましたが、女三宮よりも出自の低い女二宮では飽きたらず、相変わらず心の底では女三宮を思い続け、女三宮の女房の小侍従に何とか便宜を取りはからってくれるよう、せっついていました。この小侍従は柏木の乳母の縁続きだったため、柏木は昔から女三宮の様子を聞いていたのでした。

柏木にとって、紫の上も光源氏も六条院から離れているいまは、人目も少なく、大きなチャンスです。なんとか物越しに話ぐらいでも…と、とても低姿勢で小侍従に頼みます。柏木にとって女三宮との唯一の絆はこの小侍従です。ですから低姿勢にならざるを得ません。でも、柏木の熱意というか、執着が小侍従を動かし、なんとかやってみましょう、ということになりました。

それは賀茂の祭りの御禊が間近に迫った4月10日過ぎのこと。もちろん、光源氏は紫の上のところに行ったきりです。祭りの前日とあって、女房たちの一部は齋院のお手伝いに出かけなければいけません。また、ほかの女房たちも準備に忙しく、ある女房は恋人に呼び出されて留守。女三宮のそばは小侍従だけという(柏木にとっては)千載一遇の機会がやってきました。

小侍従はこれがチャンスと、柏木を女三宮の寝所に導き入れました。こんなに近くまで寄らせなくても、御簾越しに声だけ聞かせればいいのに、小侍従は出過ぎたまねをしたのかもしれないし、男性の性を甘く見ていたのかもしれません。それまで眠っていた女三宮はふと、男性の気配を感じて目を覚まします。光源氏かな、と思いました。でも、それにしては様子が違います。しかも自分をベッドの下に抱き下ろすではありませんか!

さらに、ずっと昔からお慕いしていました、とか、あはれとだけでもおっしゃって、とか、訳のわからないことをあれこれとかき口説きます。女三宮は「ああ、以前から手紙を寄せていたあの人か」と思い当たりますが、それでも知らない男に抱き寄せられて、恐怖はつきません。汗もしとどに流れ落ちます。

一方柏木。初めて間近にみる女三宮は、姫宮の威厳や重々しさよりも、ひたすら可憐で、かわいらしく、上品で柔らかな雰囲気が勝っています。その姿に、押さえていた理性も吹き飛び、このまま女三宮を連れて去ってしまいたいと思うほどでした。

どれほど時間がたったのでしょうか。柏木は短いまどろみの中で夢を見ました。あの子猫を女三宮に差し上げた夢。どうして差し上げてしまったのか、と思っているうちに目が覚めました。横では女三宮が呆然としています。そのものずばりの表現はありませんが、この部分の描写から、柏木が無理矢理に女三宮と関係を持ったことがわかります。そこで女三宮は初めて、あの猫が御簾を巻き上げ、柏木に姿を見られたことを聞かされます。「こんなことになって光源氏様にどんな顔でお目にかかればいいのか…」目の前の柏木のことよりも、光源氏に知られることの方が、女三宮には恐ろしいのでした。

光源氏の運命の凋落を示すような若菜の巻。紫の上の病気は、光源氏のエゴが招いたものでしょう。出家を許されず、不安定な地位の紫の上。しかも女三宮と同じ席で女楽に臨まなければなりません。積もり積もったストレスが、彼女をむしばんだ結果といえるのではないでしょうか。

そして女三宮と柏木の過ち。深い考えもなく男を女主人の寝室に導く小侍従。人が少ないのに、恋人の呼び出しに応じて出て行ってしまう女房。女三宮の女房たちは、主人を守るという意識が欠けていたとしかおもません。その結果招かれた二人の過ち。物語に広がった大きな波紋は、どのような悲劇を招くのでしょうか。(この項終わり) 

※本稿は関西インターネットプレス(KIP)より転載いたしました。

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「源氏物語に見る 王朝貴族の失敗学38」 悲劇の幕は上がった(1)

Cat

■六條院の女性が集まって…
前回、柏木が女三宮の姿を偶然目にしてから、柏木の心は女三宮のことでいっぱいです。寝ても覚めても思うのは彼女のことばかり。挙げ句の果てに、女三宮の兄の東宮にうまく取り入って例の子猫を手に入れたりしました。柏木は子猫を懐に抱いて寝たり、まるで恋人のように扱うところが描写されています。

その後、物語では髭黒右大将の娘が蛍兵部卿宮の結婚、光源氏の実子の冷泉帝は譲位し、東宮が帝になりました。光源氏の娘の明石の女御は子どもも多く、このままいけば后になるでしょう。帝の妹の女三宮は内親王としての位も上がり、経済的にも安定しています。そんな中、光源氏の愛はやはり紫の上に注がれていましたが、紫の上の心にはずっと以前から、出家の願いが芽生えていました。しかし、その願いを光源氏に訴え出ても聞き入れてもらえません。出家すれば男女関係を絶たなければいけません。光源氏にはそれが耐えられなかったのです。つまり、光源氏のエゴだけで、紫の上は出家の道を閉ざされていました。

女三宮の父・朱雀院は50歳を迎えます。当時50歳といえば長寿の部類。女三宮が光源氏に降嫁したころ、体調が悪くて明日をも知れぬかもしれないなど、なんだかんだいいながらも、相変わらず朱雀院は健在です。もちろん、これはお祝いしなければということで、光源氏は女三宮主催の「五十の賀」のプランを練り始めました。

そこで思いついたのが「女楽」。六条院の女たちの合奏です。明石の君は琵琶の名手。紫の上は和琴、明石女御は箏の琴、そして女三宮は琴の琴(きんのこと)。この琴の琴は、光源氏手ずから指導したもの。そのため、最近は紫の上よりも女三宮のところに泊まることが多くなっていました。

朱雀院の五十の賀は2月10日過ぎの予定です。その前に試楽を行うことにしました。つまりは本番さながらのリハーサル。息子の夕霧に加え、その子どもたちや髭黒の子どもたちなど縁続きの子どもたちも呼び、とても賑やかです。おつきの女童たちも季節にあった美しい衣装を着て、彩り豊か。このあたりは源氏物語ならではの華やかさで、読み応えたっぷりです。

主役はいずれ劣らぬ4人の女性たち。女三宮は衣装だけがあるようで、小さくかわいらしい風情で、たおやかな青柳に例えられます。。明石女御はそれにもう少しつややかさや奥ゆかしさが加わり、いってみれば藤の花。匂い立つような美しさの紫の上は桜。明石の君は身分は低いものの、優雅で、花橘に例えられています。

無事、試楽が終わり、光源氏は紫の上と戻り、あれこれと語らいます。その中で再び紫の上は出家を願い出ますが、やはり光源氏は聞き入れません。その翌朝、紫の上は突如発病しました。胸が苦しくなり、熱が出ますが、光源氏に知らせないよう苦しみをこらえます。ところが、たまたま連絡のあった明石女御にそれを知らせたため、明石女御から光源氏に連絡が届きました。紫の上はそれから病みついてしまい、朱雀院の五十の賀も延期になってしまいました。光源氏は試しに場所を変えてはどうかと、紫の上を彼女が育った二条院に移して、転地療養することにしました。(次回に続く)

※本稿は関西インターネットプレス(KIP)より転載いたしました。

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「源氏物語に見る 王朝貴族の失敗学37」 運命を変えた猫のいたずら(2)

■御簾の向こうに立つ人は…

さて、光源氏たちがこうしている間、一人の男が密かな思いに身を焦がしていました。それは太政大臣(もとの頭中将)の長男、柏木。いまは右衛門督という役職に就いていますが、ここでは柏木、という呼び名で統一しておきましょう。

以前、女三の宮の婿選びの際、ちらりと登場したことがありますが、ご記憶でしょうか。柏木は以前から身分の高い妻がほしいと願い、女三の宮の結婚の際にもその意思を示していたのに、結局女三の宮は光源氏の妻になってしまい、残念に思っていました。それでもあきらめきれず、女三の宮の乳母子で、男女関係にあった小侍従という女房から女三の宮の様子を聞いたりして慰めにしていました(この小侍従との関係は男女関係ではありますが、身分の違いもあり、結婚を前提としない軽い関係だと考えてください)。

小侍従からは女三の宮が紫の上に押されていることや、光源氏の扱いもいまひとつ、といったようなことも聞かされます。その度に柏木は、「自分ならそんな思いはさせないのに」「光源氏が出家したら、そのときは…」などと女三の宮を思い続けているのでした。

そんなある日、六條院に蛍兵部卿宮や柏木、夕霧などの公達が集まる日がありました。ちょうど桜の時期です。することもなくて退屈な光源氏は、自分のいる春の町に彼らを呼び寄せ、蹴鞠をさせることになりました。時は春、桜に夕日が映えて美しい場面です。

蹴鞠は当時としてはカジュアルで、不作法な遊びとされていましたが、当代一、二を競うような貴公子たちがこれに興じている様子はなかなかの見ものです。そうなると女子たちは気もそぞろ。みんな御簾のそばまで出てきて、それぞれに貴公子たちの様子を見物しています。「やっぱり柏木様ってステキ!」「夕霧様にはかないませんわ」なんて口々に言っていたのかもしれません。このあたり、イケメンスポーツ選手に熱狂する現代の若い女性たちと何ら変わらないと思っていいでしょう。

ゲーム途中、夕霧と柏木は階段に腰を下ろしてこの様子を眺めていました。そのとき、女三の宮の飼う小さな唐猫が大きな猫に追いかけられて、御簾の端から走り出してきました。さらに悪いことに猫の首に付けられたひもが御簾を引っかけ、中が見えるぐらいに引き上げてしまったのです。女房たちはオロオロして、これに気がつきません。

柏木はそこに袿姿で立っている人の姿を見てしまいました。紅梅重ねの上に桜重ねの細長と呼ばれる衣装を着て立っている人は髪が長く、ほっそりと小柄でとても可憐です。これには夕霧も気がついたので、咳払いをするとこの人は中に入っていきました。「あの方に違いない!」柏木の胸は締め付けられるようです。当時、夫や親兄弟以外には姿を見せてはいけないとされた高貴な女性。その姿を垣間見ることができたのですから。はじめて見た女三の宮の姿に心奪われ、この日から柏木の恋心はつのる一方。

女三の宮としては姿を見られたのは偶然のアクシデントでした。でも、彼女には大きな失敗がありました。それは端近なところで「立っていた」こと。当時、女性は座っていたり、寝そべっているのが常でした。移動するときも膝行し、立って歩くなんてとんでもない不作法なことだったのです。なのに、外から見えそうなところで立っていた不作法でたしなみのない女三の宮。それに気づかず、恋心をつのらせた柏木も、この先に待っている不幸にはまだ気がついていません。(この項終わり) 

※本稿は関西インターネットプレス(KIP)より転載いたしました。

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「源氏物語に見る 王朝貴族の失敗学37」 運命を変えた猫のいたずら(1)

Sazanami2s

■明石入道の物語

女三の宮の降嫁、光源氏の四十の賀など、お祝い事が続いた光源氏の一族に、もう一つおめでたいことが続きました。明石の君が生んだ娘は身分の高い紫の上に育てられた後、東宮に入内し女御になっていましたが、身ごもって里帰り中です。この当時、東宮は数え年15歳で中学生ぐらい。明石女御は13歳。いまなら、11歳10カ月程度ですから、ちょうど小学校6年生ぐらいです。さすがに当時としても幼いため、周囲の心配も一通りではありませんでした。

明石女御が出産したのは3月10日過ぎ。加持祈祷の甲斐があったのか安産で、健康な男の子が生まれました。時の権力者・光源氏の孫にして東宮の子。だれにも文句の付けられない身分の皇子の誕生です。おそらく次代の東宮はこの子でしょう。光源氏は帝の外戚という立場をも手に入れられる状況になりました。

明石女御が出産したことは、遠く離れた明石の入道にも知らされました。明石入道は明石の君とその母・尼君が都に上るとき、弟子たちとともに明石に残ったのでした。そのとき、おそらく尼君も入道も、今生の別れだとは思っていたでしょう。でも、手紙のやりとりができ、わずかながらもコミュニケーションがあったため、まだ救いがあったのかもしれません。

男児の誕生を知った明石入道から、明石の君に手紙が届けられました。そこには明石の君が生まれる前、入道が見た夢が書かれていました。一族から帝と皇后が出ることを暗示した夢です。その直後に母の胎内に宿ったのが、明石の君でした。大臣の子だったのに、受領に落ちぶれて明石に都落ちしていた入道でしたが、ただこのことだけをひと筋に願って生きてきたのでした。そのため、明石の君には高貴な人との結婚を望み、光源氏を婿にしたのです。

こうして心願が成就したいま、明石入道は草庵を出て山へ入ると手紙にはありました。それは世を捨てるだけではなく、命を捨てるという意味でもあります。いままでは遠く離れていても生きていてくれていたから、まだ安心感がありました。でも、この手紙は真の別れの手紙です。明石の君も尼君も涙の川に流されそう。もちろん、明石女御も光源氏もこの手紙を読み、女御はいままでぼんやりとしか知らなかった自分の出自を知りました。光源氏も自分が明石の君と結ばれた意味を知った思いでした。

この明石入道の手紙は、源氏物語の中でも胸に迫る場面の一つです。いままではちょっと道化的な存在でもあった明石入道はぐっと存在感を増して退場していきました。(次回に続く)

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