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2010年4月

「源氏物語に見る 王朝貴族の失敗学36」軽い女、ずるい男(2)

■だからこの人は…

もちろん、こんなことで引き下がる光源氏ではありません。「いったん立った浮き名はいまさら消せるものでもない」と、朧月夜のところに行くことにしました。紫の上には「末摘花が病気でね。昼間、人目に付くときに行くのも格好悪いので、夜に行ってきます。人に知らせるのもやめておこう」と言い訳をします。

ここで、紫の上はもう、ピンと来ています。末摘花のところに行くのに、いつもと違ってずいぶんウキウキした様子。いつもの紫の上なら、チクリと一言言いそうな場面ですが、読者はここで紫の上の心の変化をありありと見せられることになります。「 姫宮の御事の後は、何事も、いと過ぎぬる方のやうにはあらず、すこし隔つる心添ひて、見知らぬやうにておはす」、つまり、女三の宮がやってきたあとは、昔と違って光源氏との間に距離ができ、知らぬふりをしていた、というのです。紫の上の冷え冷えとした心が伝わるような一文です。

そんな紫の上の心など気づきもせず、光源氏は朧月夜の元へ。突然の訪れに驚く朧月夜。連絡係の女房は、思わせぶりにしてお返しするのも都合が悪いでしょう、と無理矢理光源氏を通してしまいました。光源氏は「もっと近いところまで出てきて。几帳越しでもいいから。昔みたいなあるまじき心はないからさ」と語りかけます。それを聞いた朧月夜はため息をつきながら近くまで出てきました。

「思った通りだ。だからこの人は軽いんだよね」と光源氏は思います。自分で口説いておいて、ひどい言いぐさですね。だけど、そういわれるだけのものが朧月夜にはあるということです。ほかの女性に比べて落ちやすい、口説きやすい女、だから軽いといわれるのです。

朧月夜も、光源氏と語らううちに、もう一度ぐらいいいのでは…と心が揺らいできます。それまでは過去を悔やみ、身を慎んで生活していましたが、やはり昔が懐かしく、光源氏を拒み通すことができませんでした。朧月夜だって光源氏が決して自分のものにならないことぐらいわかっています。ひとときの逢瀬を楽しみに来たずるい男。そうと知りつつ身を任せる朧月夜。大人の恋の余韻を残し、夜は明けていきました。

もし、ここで朧月夜が光源氏を拒み通していたら、どうなっていたのでしょうか。彼女は光源氏の心に強烈な印象を残し、朝顔斎院と同じような位置を占めることになったでしょう。だけど、口説けばすぐに落ちる女、なびきやすい、軽い女と思われてしまいました。二人の恋の思い出は、いまでも大切かもしれません。でも、光源氏の心に、一抹の軽侮を残したことは間違いありません。これは朧月夜の失敗といえるでしょう。(この項終わり) 

※本稿は関西インターネットプレス(KIP)より転載いたしました。

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「源氏物語に見る 王朝貴族の失敗学36」軽い女、ずるい男(1)

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■14年目の焼け棒杭

女三の宮が光源氏に輿入れして程なく、出家していた朱雀院がお寺に移りました。これは現在の仁和寺ではないかといわれています。朱雀院からは光源氏と紫の上に宛てて手紙が届きました。紫の上には「分別のない幼い人がそちらへ行っていますが、大目に見てお世話をお願いします。あなたとは多少のご縁もありますから」とありました。こういわれてはむげに断れません。

紫の上も心を込めた返事を送りますが、その見事な筆跡に、朱雀院はますます女三の宮が不憫になるのでした。朱雀院は優雅で、文化や芸術にも長けた人でしたが、なぜか娘には行き届いていなかったようです。当時の女子の教育が、父親の役割であったことを考えると、これは朱雀院の失敗でしょうか。

朱雀院がお寺にこもったことによって、その後宮の人たちも自分の里邸へ戻ります。その中にはあの朧月夜もいました。朧月の夜、弘徽殿の細殿で出会ったお嬢様。弘徽殿大后の妹です。朧月夜は朱雀院の出家に伴い、自分も出家しようとしましたが、それは朱雀院に止められ、仏像を作らせるなど、準備だけをしていました。

朧月夜は朱雀院と光源氏が作る三角形のもう一つの頂点になった人。光源氏の須磨流謫は、彼女がきっかけでした。あれから14年。彼女が戻った二条宮は弘徽殿大后の住まいだったところ。あの雷雨の夜、右大臣に逢瀬が見つかってしまった住まいです。

当時、お互いに思い合いながらも、引き裂かれたまま終わってしまった恋。光源氏はいまも彼女のことが忘れられません。朧月夜もいまは一人に戻っています。光源氏は何とか彼女の近況が知りたく、手紙を送るようになりました。色恋沙汰とは遠い雰囲気の手紙ゆえ、朧月夜も折々に返事を書きます。

そうなると我慢できなくなるのが男。光源氏は昔の連絡係の女房や、その兄弟を使って何とか彼女ともう一度会おうと算段します。朧月夜は自分の過去を顧み、良心に問うて、やはり光源氏には会えないと返事を出します。このあたりの気持、わかりますよね。若さゆえ走り出した恋でしたが、大人になるとそこまでの暴走はできません。(次回に続く)

※本稿は関西インターネットプレス(KIP)より転載いたしました。

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「源氏物語に見る 王朝貴族の失敗学35」40歳の光源氏に縁談が?(2)

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■嘆く紫の上、悔やむ光源氏

朱雀院は使者を使わし、光源氏に事情を伝えました。光源氏は「息子の夕霧などには似合いだろうけど、彼は試練を乗り越えてようやく結婚したばかりだからねぇ」などと使者に語ります。光源氏自身は特に自分の結婚問題のように取り上げていませんが、心の内ではある考えがぐるぐるぐるぐる巡っていました。

実は女三の宮は光源氏の初恋の人・藤壺中宮の姪に当たります。女三の宮のお母さんは藤壺女御という名前から分かるように藤壺中宮の姉妹、藤壺中宮に継いで美しいといわれた人でした。「きっと並大抵の人ではあるまい」光源氏の好奇心、というかスケベ心がむくむくと動きます。しかも、自分の妻たちの中には一人もいない内親王。藤壺中宮や六条御息所、朝顔斎院など身分の高い女性を求め続けた光源氏にはこれまた魅力でした。その後、出家した朱雀院を見舞った際、光源氏は女三の宮との結婚を正式に引き受けたのでした。

しかし、光源氏には一つどうにも気が重いことがありました。それは紫の上のこと。長年さまざまな苦労をかけて、ようやく落ち着いた矢先のことです。紫の上はこれから二人むつまじく暮らせると考えているに違いありません。そこへ降って湧いたような女三の宮の降嫁。並の身分の女であれば、問題はないのです。相手は内親王。しかも朱雀院の依頼で正式に降嫁するわけです。

ここで紫の上の結婚について思い出してみましょう。彼女は北山の寺で光源氏に見いだされ、略奪同然に光源氏の元に連れてこられました。そして14歳のあの日、光源氏は強引に肉体関係を結びました。つまり、親の許可を得ない結婚です。私は以前このエピソードをご紹介したとき「野合」と表現しました。ですから、紫の上はいままで妻達の中で一番重んじられており、「正妻格」としては扱われてきましたが、正式な「正妻」ではありませんでした。しかし、今度は内親王が正妻として光源氏に降嫁するのです。紫の上はいくら光源氏に愛されていても「その他大勢」の一人になってしまいます。

しかも紫の上は女三の宮の降嫁の噂は聞いていましたが、「そんなことはあるまい」と光源氏を信じていました。光源氏は「朱雀院の親心に打たれて、断ることができなかった」と結婚の事情を伝えます。紫の上は冷静に「お気の毒に。どうして不快に思うでしょう」と光源氏を許します。そのふるまいはとても穏やかです。でも、心の内には嵐が吹きあられていたことでしょう。いままで幸福を疑わなかったのに、これからはどんな屈辱が待っているのだろうか。紫の上の心は憂いに満ちていたことでしょう。

そして光源氏40歳の春2月。女三の宮は華々しく六條院に輿入れしました。贅を尽くした道具類が運び込まれ、迎える光源氏も準備万端怠りなく、盛大に儀式を行います。紫の上はこまごまと準備を手伝います.その間の、彼女の気持ちを思うとやるせなくなってきます。紫の上の結婚の時との差は歴然としています。

しかし、光源氏はまた違った点でがっくりしていました。初めて出会ったころの紫の上はわずか10歳でしたが、才気にあふれ、話をしても手応えがありました。しかし、女三の宮は全くの期待はずれ。確かにかわいらしい人ですが、体も小さく14歳とはいえ、まるで子どもです。ただただおっとりして子どもっぽいだけでした。こんな人のために、紫の上を嘆かせたのか…。後悔が満ち潮のように光源氏の胸を浸していきました。

結婚の初めでいきなり失敗に気づいてしまった光源氏。しかしもう後戻りはできません。女三宮と光源氏の関係は、そして紫の上との関係はどうなっていくのでしょうか。波乱の予感を感じさせながら、物語は続きます。(この項終わり) 

※本稿は関西インターネットプレス(KIP)より転載いたしました。

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京の桜に酔う

ことしは桜の開花以降、冷え込んだせいもあっていつもより長く桜を楽しめている。それでもソメイヨシノの見頃はそろそろ終わりだ。だが、京都ではまだまだこれから見頃を迎える桜も多い。

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京都御苑では八重の桜が見頃。誰でも入ることができるので、花の下でお弁当を広げる家族連れなども多く、気軽に花を楽しめる。

いまが見頃なのが平安神宮のしだれ桜。池に映る紅しだれはあでやかだ。11日までライトアップ&紅しだれコンサート開催中。

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岡崎疎水のソメイヨシノはそろそろ落下盛ん。桜吹雪の中、十石舟に乗るのも風情がある。

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賀茂川堤のソメイヨシノは本数も多く、遠目に見ると薄紅色の雲のように見える。遠くの山とのコントラストも美しい。上は大文字山を背景に、北大路橋から。下は北山大橋から。北山大橋の方が北にある分、花が少しだけ遅いように思える。まさにいまが見頃の美しさだ。

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北大路橋から北山大橋の間の賀茂川左岸には「半木の道」と呼ばれる散策路がある。ここは紅しだれが美しい。少し離れて眺めると、花の滝のように見えるところもある。桜は花一つ一つも美しいが、遠目にmassとしてみるのも趣がある。


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京都市植物園にも桜は多い。ソメイヨシノやしだれ桜がまとまった桜の林がある。見渡す限り満開の桜。ちょっと息が詰まりそうなぐらいだ。夜はライトアップされ神秘的な雰囲気(4月11日まで)。こちらもいまが見ごろ。
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写真はいずれも4月9日撮影。あいにく曇りだったので、ちょっと写真が暗いけどお許しあれ。
一日中京都の桜を堪能して、まさに花酔い気分で帰路についた。

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「源氏物語に見る 王朝貴族の失敗学35」40歳の光源氏に縁談が?(1)

■娘の婿になってほしい

前回、光源氏の息子の夕霧が、無事に幼なじみの雲居雁と結婚し、源氏物語は大団円を迎えたかのような区切りを付けました。今回からは「若菜」の巻に入ります。この巻は上下2巻で構成された、源氏物語では最も長い巻です。その内容もドラマに富み、心理描写に長けていて、あたかも近代小説のような趣。源氏物語は長いから読みたくない、という人には「ここだけでも」とおすすめしたい巻です。

さて、もうじき40歳を迎えようとする光源氏は「藤裏葉」の巻で息子が結婚し、朝廷からは准太上天皇の位を与えられました。女たちと暮らす六條院には朱雀院や冷泉帝を迎え、まさに栄華の極み。物語はそれを引き継いで語られます。

朱雀院は六條院を訪れたころから体調が思わしくなく、出家を考える日々でした。光源氏より少し年上の朱雀院は40過ぎ。いまなら人生真っ盛りという年代ですが、当時ならもう初老に近い雰囲気だったのでしょうか。できるだけ功徳を積もうと、さまざまな準備に取りかかる朱雀院には一つ、大きな気がかりがありました。

それは愛娘の女三の宮のこと。女三の宮の母親は藤壺女御と呼ばれた人です。先帝、つまり桐壺帝の前の帝の皇女で源氏として臣下に下った人ですが、朱雀院が東宮のころに入内しました。しかし、それほど身分も高くなく実家の後ろ盾も少ない上、朱雀院は朧月夜を寵愛していたため、不遇のうちに亡くなった人でした。それだけに朱雀院は後に残された女三の宮の行く末が心配で仕方なかったのです。

「何とか娘をいい人に縁づかせたい。私亡き後、心細い身の上になるのが気になって仕方がない。ちゃんと娘を愛して、しかもいたらない所は影できちんと教え導いてくれるような、安心できる人に託したい」と考え、結婚相手に思いを巡らせます。例えば夕霧。「将来有望な人物。独身の時に話を持ちかけるべきだった」とちょっと悔やんでいる様子。

すると女三の宮の乳母の一人がとんでもないことを言い始めたのでした。「六條院(光源氏)様こそ、そうした役割にはふさわしいのでは。いまだに恋愛には関心が深く、古いおつきあいの女性たちにも心変わりしないとか」「あんなスケベ男、とんでもない」と一瞬思った朱雀院でしたが、「いや、それもいいかもしれない」と考え直しました。「何人も妻はいるが、それを考慮する必要もあるまい」と朱雀院。女三の宮が内親王という高い身分だからこその自信かもしれません。

そのほかの婿候補については「蛍兵部卿宮は性格はいいけど、ちょっと軽薄で、頼りなさそう。柏木(頭中将の長男)はまだ官位が低い」などと、物足りなさを感じます。やはり婿候補には光源氏をおいてほかにないのでした。(次回に続く)

※本稿は関西インターネットプレス(KIP)より転載いたしました。

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