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「源氏物語に見る 王朝貴族の失敗学36」軽い女、ずるい男(1)

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■14年目の焼け棒杭

女三の宮が光源氏に輿入れして程なく、出家していた朱雀院がお寺に移りました。これは現在の仁和寺ではないかといわれています。朱雀院からは光源氏と紫の上に宛てて手紙が届きました。紫の上には「分別のない幼い人がそちらへ行っていますが、大目に見てお世話をお願いします。あなたとは多少のご縁もありますから」とありました。こういわれてはむげに断れません。

紫の上も心を込めた返事を送りますが、その見事な筆跡に、朱雀院はますます女三の宮が不憫になるのでした。朱雀院は優雅で、文化や芸術にも長けた人でしたが、なぜか娘には行き届いていなかったようです。当時の女子の教育が、父親の役割であったことを考えると、これは朱雀院の失敗でしょうか。

朱雀院がお寺にこもったことによって、その後宮の人たちも自分の里邸へ戻ります。その中にはあの朧月夜もいました。朧月の夜、弘徽殿の細殿で出会ったお嬢様。弘徽殿大后の妹です。朧月夜は朱雀院の出家に伴い、自分も出家しようとしましたが、それは朱雀院に止められ、仏像を作らせるなど、準備だけをしていました。

朧月夜は朱雀院と光源氏が作る三角形のもう一つの頂点になった人。光源氏の須磨流謫は、彼女がきっかけでした。あれから14年。彼女が戻った二条宮は弘徽殿大后の住まいだったところ。あの雷雨の夜、右大臣に逢瀬が見つかってしまった住まいです。

当時、お互いに思い合いながらも、引き裂かれたまま終わってしまった恋。光源氏はいまも彼女のことが忘れられません。朧月夜もいまは一人に戻っています。光源氏は何とか彼女の近況が知りたく、手紙を送るようになりました。色恋沙汰とは遠い雰囲気の手紙ゆえ、朧月夜も折々に返事を書きます。

そうなると我慢できなくなるのが男。光源氏は昔の連絡係の女房や、その兄弟を使って何とか彼女ともう一度会おうと算段します。朧月夜は自分の過去を顧み、良心に問うて、やはり光源氏には会えないと返事を出します。このあたりの気持、わかりますよね。若さゆえ走り出した恋でしたが、大人になるとそこまでの暴走はできません。(次回に続く)

※本稿は関西インターネットプレス(KIP)より転載いたしました。

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