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「源氏物語に見る 王朝貴族の失敗学28」 元カノの娘がやってきた?(2)

■観音様に願いが通じた!

さて、夕顔が亡くなったとき、そばにいたのは右近という女房。彼女はいま、紫の上付きになっています。右近は玉鬘との再会を願い、定期的に奈良県桜井市にある長谷寺に参詣していました。秋風が心地よいその日も右近は長谷寺へ詣で、宿坊へ入りました。部屋には間に幕が引かれていますが、どうやら先客があるようです。

徒歩の疲れが出て、ものに寄りかかっていると隣から食事の給仕をしている声が聞こえます。どうやら身分のある人が来ている様子。ちらっと幕の間から除くと、そこにいる男の顔に見覚えがあります。別の女の顔も見たことがあります。

「!」

夕顔に使えていた人たちです。「もしかして姫君がここにいらっしゃるのかしら」。さっそく右近は名乗りを上げます。はじめは先方も誰か気づきませんでしたが、顔を見せてようやくわかった様子。玉鬘一行は石清水八幡宮や長谷寺の観音様に内大臣に会えるよう祈願していたのでした。一行は夕顔の消息や玉鬘のその後など、お互いの近況を話し合い、再会を喜んだり、涙を流したり、とてもドラマチックな場面です。

玉鬘の乳母は再会した右近に、内大臣に会えるよう計らってほしいと頼みます。右近は自分のいまの主人が光源氏の妻であることを話し、光源氏と夕顔の当時の事情を明かして光源氏の力を借りることを約束しました。それにしても姫君の美しいこと。母・夕顔はなよなよとかわいらしい人でしたが、この姫君はその血筋ゆえか優雅さを感じます。それに比べて、お付きの人が田舎くさいのは不思議でした。

六條院に戻り、右近はこっそりと光源氏に玉鬘を発見した話を伝えました。これを聞いた光源氏は玉鬘を六條院に迎えようと考えて、とりあえずは玉鬘に手紙を送り、衣類なども細かく気遣います。玉鬘は実父でもない人物からの贈り物にかえって気を遣っていましたが、右近は光源氏と夕顔の浅からぬ縁を伝え、まずは返事を書かせました。

実はこれは光源氏のテストです。手紙は書けるか、筆跡はどうか、姫君としての基礎教養はどうかといったところが試され、玉鬘はどうやら無事に合格した様子。かつて末摘花の手紙に幻滅した経験が、こうした行動を起こさせたのでした。

六條院では花散里の夏の邸に住まわせることにしました。それにさきがけ、紫の上に夕顔の話をします。夕顔のかわいらしさを聞くにつれ「それでも明石の君ほどではないでしょう」と、紫の上は明石の君にまた、嫉妬の炎を燃やすのでした。

今回は特に誰が失敗ということもありません。少しずつ歯車がずれた結果、夕顔は玉鬘の元に戻らず、玉鬘は筑紫へ向かうことになりました。でも、ここですべてが収束し、新たな物語が始まります。強いていえば、玉鬘が六條院に引き取られたことが玉鬘自身にとってよかったのかどうか、という問題がありますがそれはまた、追々お話ししましょう。まあ、和歌を詠もうとして読めなかった太夫監は、失敗というか道化役ですね。(この項終わり)

Chikurin2

※本稿は関西インターネットプレス(KIP)より転載いたしました。
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