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2008年9月

ビーハイブカフェの大理石アイス

Beehive1
秋の気配が濃くなったとはいえ、昼間はまだ30度を超える毎日が続いている。町を歩けば汗もかく。冷たいものの一つも食べたくなる。だけど、真夏と違い、かき氷やアイスキャンデーには食指がのびない。こういうときはアイスクリームのまったりした冷たさが懐かしくなる。

最近、京都でお気に入りのアイスのお店がビーハイブカフェ。冷たく冷やした大理石の上で、アイスをミックスしてくれる、最近はやりのタイプのお店だ。基本のアイスは18種類。ナチュラルミルクやバニラ、チョコレート、マンゴ、豆乳、宇治抹茶といった京都らしい品も。

そこにフルーツやナッツ、キャンディー、クッキー、ソースなど好みのトッピングをミックスしてもらう。組み合わせはほとんど無限大。メニューを決めるだけで、恐しく時間がかかりそうな気がする。迷いに迷ったあげく、トンチンカンなコンビネーションのアイスを頼んでしまいそうだ。

そういう、私のような人のためにはあらかじめアイスに3種類のトッピングが決まったコンボメニューというものもある。これなら簡単。例えば、宇治抹茶にきなこと白玉団子、くるみが組み合わされたものは「利休」なんて、和風の名前が付いている。「キッズファクトリー」と呼ばれるアイスはホワイトチョコアイスをベースに、くまさんのグミやマシュマロ、バニラウエハースが入って、ファンキーでカラフルだ。

で、私が頼んだのはホワイトチョコアイスにラズベリーとくるみ、キャラメルクッキーソースをミックスしたレッドフォレスト。こう書くとすんなり決まったみたいだが、コンボメニューだって25種類もある。激しい目移りの末に選んだのがこれだったというわけだ。

注文すると大理石の板の上でアイスを混ぜたり、練ったり、こねたりして、コーンやカップに入れて供される。メニューの写真と比べたら、ずいぶん地味に見える。まあ、混ぜたりこねたりしてるんだから、仕方ないかもしれない。酸っぱいラズベリーとくるみの食感がアクセントになって楽しい口当たり。でも、もうちょっと冒険してもよかったかも。今度はどれを食べようか、そんな気持にさせてくれるお店だ。


■Beehive cafe
■京都市中京区御幸町四条上ル大日町423
■075-212-7338
http://www.beehive-cafe.com/contents/index.html

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「源氏物語に見る 王朝貴族の失敗学27」 親の考えに振り回される子どもたち(2)

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写真はなでしこの花。雲居雁って、こんな感じの女の子だったかも。

■少年と少女の恋に「待った!」

で、この息子さん、夕霧君はおばあちゃんの大宮のもとで育ちましたが、一緒に育った従姉妹で内大臣(もと頭中将)の娘の雲居雁(くもいのかり)というお嬢さんといつの間にか恋人同士になっていました。幼さの残る年ごろですが、おませだったのでしょうか。父の内大臣はまだそれを知りません。

内大臣には冷泉帝に入内させた弘徽殿女御という娘がいました(あの弘徽殿大后とは別人です)。なんとか中宮にと考えていたのですが、結局光源氏が入内させた六条御息所の娘が中宮になり、内大臣はがっかりです.そこで次の手として、雲居雁を春宮に入内させようと考えつきました。

そこである日、内大臣は大宮の元を訪れました。雲居雁や大宮と楽器を演奏し、甥の夕霧とも対面してさらに管弦の遊びに興じます。ただ、このときには雲居雁は別の部屋に帰されてしまいました。夕霧には琴の音さえ聞かせないようにという配慮です。内大臣は雲居雁と夕霧の仲をまだ知らないので、恋人同士でもないのにそんなことをしてはいけないと二人を引き離したのでした。

さて、管弦のひとときも終わり、内大臣は帰る「ふり」をしました。実はこっそりこの邸の女房とねんごろになっていて、きょうはそこを訪れようという算段。首尾よく女房の部屋に行き、逢瀬を終えて出ていこうとします。

ここの表現がおもしろいのですが「 やをらかい細りて出でたまふ」すなわち、こそっと身を細めて出ていく、というのです。内大臣のように身分の高い人が、こそこそ身を潜めながら廊下を歩いていくようすが目に浮かんで、ちょっと笑いたくなります。

ところが!どこかの部屋から「夕霧」とか「雲居雁のお嬢さん」とか話している女房たちの声が聞こえてきます。内大臣も人の親ですから「なんの話だ?」と聞き耳を立ててしまいます。日本の家屋は木と紙でできた家。女房らの話は筒抜けです。どうやら春宮に入内させようと思っていた雲居雁が光源氏の息子の夕霧と恋人同士になってしまった様子。「これでは入内させられないじゃないかぁああ!」と内大臣の心の叫びが聞こえそうです。

さらに追い打ちをかけるように女房たちの声。「えらそうにしているけど、やっぱり親って甘いわよね。知らない間にとんでもないことになってんだから」「親は子どものことを知ってるっていうけど、そんなのウソよねぇ」などと、自分をバカにする声。内大臣はことの仔細を悟ってしまいました。こんな時、普通の人なら怒りで膝も震えそうですが、音も立てずにそっと出ていったのはさすがです。

そのあと、内大臣のお供の声が女房たちのところまで響いてきました。「聞かれちゃったかも!」彼女らはたぶん真っ青になったでしょうね。いまでいえば、会社の給湯室かトイレで上司の悪口を言っていたら、上司がそれを聞いていた、みたいなシチュエーションでしょうか。

内大臣は考えた末、娘を自邸に引き取ることに決めました。これで夕霧と雲居雁の仲は引き裂かれてしまいました。お互いに思い合う少年と少女の胸は張り裂けそう。二人を不憫に思った夕霧の乳母がこっそり対面させますが、二人とも涙に暮れるばかりでした。

さらに夕霧の失意に追い打ちをかけたのが雲居雁の乳母のことば。「いくらお生まれがよくても、最初の男性が六位風情ではねぇ」。意地悪なことばですね。柔らかい少年の心にはぐさりと突き刺さります。そうこうしている間にも内大臣がやってきます。夕霧は後ろ髪を引かれながら、雲居雁のもとから去らなければいけませんでした。

今回の主人公・夕霧君は、登場早々がっくりくることばかりです。社会人生活のはじめが六位だったり、恋人と引き裂かれたり。親はよかれと思っていることですが、本人はそのせいで泣いたりうちひしがれたり大変です。ということで、きょうは「子どもって親の考えに振り回されるよね」というお話。それから、うわさ話は相手に聞かれないようにしましょうね。

※本稿は関西インターネットプレス(KIP)より転載いたしました。
※ただいま若葉マークの源氏物語ブログ別館「千年前から恋してる!」公開中。物語は玉鬘の巻です。
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「源氏物語に見る 王朝貴族の失敗学27」 親の考えに振り回される子どもたち(1)

Kinonemichi

写真は鞍馬の木の根道。夕霧君の前途はこんな感じで多難そうです。

■意外に教育パパな光源氏

さて、葵の上が出産した光源氏の息子を覚えておいででしょうか。あれから、秘密の息子の冷泉帝はしばしば登場しましたが、こちらはちょっと影うすめ。前の左大臣邸で大切に育てられてはいるようですが、あまり話題になることもありませんでした。

その息子が、ここへ来てようやくデビューです。彼の名前を「夕霧」と呼びます。ことし12歳。元服をして大人の仲間入りをする年ごろです。で、光源氏は恋多き男から、いきなり教育パパへと変身を遂げます。意外な一面に、読者もビックリ。

元服をしたら位をもらいます。光源氏ほどの位の人の息子なら、普通は四位に叙せられます。でも、光源氏は「まだ若い子に、思い通りになるからってそんな高い位に付けちゃうのはありきたりだよなぁ」と考えて、六位に付けてしまいました。

六位というのは四位とはまったく違う身分です。当時、昇殿を許されるのは五位以上の貴族と呼ばれる人たちだけ。六位以下は「地下(ぢげ)」と呼び、昇殿も許されませんでした。つまり、光源氏は自分の息子の社会人生活をことさらに低い身分からスタートさせたのです。当時は位階によって着られる装束の色も決まっていました。つまり、色を見れば一目でその人の位がわかるのです。六位は浅葱。夕霧は元服を終えて、浅葱色の装束でしょんぼりしています。もしかしたら、お友だちは五位や四位かもしれないのに、自分一人だけが浅葱色です。祖母の大宮もこれには不憫でたまりません。この件で光源氏と話をします。

光源氏はどうやら息子を大学に行かせるつもりのようです。当時の大学というのは官吏を養成するところです。でも、どちらかというと中流以下の家の子弟が行くところと考えられていました。で、光源氏の長男が大学に行くなんて、異例中の異例です。

光源氏は「私は宮中で育って世間知らずでした。学問は帝から直接教えていただきましたが、およばないところだらけです。こんなつまらない親に子が勝るというのは難しいと思い、この話を決めました。それに、身分が高いからなんでも思いのままになると思っていたら、権勢が衰えたときに人から軽蔑されるかもしれません。やっぱり基礎は学問が必要ですよ」などと訳を話します。

光源氏がここまで考えたのは、やはり須磨の経験が身にしみているのかもしれません。世の趨勢は右大臣一派に移り、自分は須磨へ退いた日々。多くの人が背き、それまでおもねっていた人たちでさえ、手のひらを返したように冷たくなった経験が光源氏の心にしみているのでしょう。

※本稿は関西インターネットプレス(KIP)より転載いたしました。

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