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京都御所シリーズ5 蹴鞠の庭

Kemarinoniwa

「鞠に身を投ぐる若君達の、 花の散るを惜しみもあへぬけしきどもを 見るとて、人びと、あらはを ふともえ見つけぬなるべし。猫のいたく鳴けば、見返りたまへる面もち、もてなしなど、いとおいらかにて、 若くうつくしの人やと、ふと見えたり」

蹴鞠に熱中している若者たちは、散る桜にもかまわない。その様子を見ようとしている女房たちは、御簾が上がって中が丸見えになっているのにも気がつかないのだ。(女三の宮は)猫が激しく鳴くので振り返る。その顔だちや様子がおっとりしていて、若々しくとてもかわいい人だということがわかった。

源氏物語中、いくつか遊興の場面が登場するが、その中でもドラマチックで、後のストーリーに大きな影響を与えているのが「若菜上」の蹴鞠の場面だ。

桜が満開の時期、光源氏の六条院の南の町で光源氏の息子の夕霧や柏木など若い貴公子が集まり、蹴鞠を楽しんでいた。その中でも柏木の蹴鞠のテクニックは抜きん出ている。女三の宮やその女房たちは御簾の影からそれを見ていたが、仔猫に付けたひもが御簾に引っかかり、女三の宮の姿が柏木に丸見えになってしまう。前々から女三の宮に恋心を抱いていた柏木ははじめて見る女三の宮にますます夢中になっていく。この垣間見が後の密通をもたらすきっかけとなる。

写真は京都御所の蹴鞠の庭。小御所と御学問所の間の四角い庭だ。ここで蹴鞠を行うときは、四方に木を立て、その中で競技を行う。蹴鞠は鹿皮で作った鞠を足の甲で蹴り上げ、長く続けることを競う遊びだ。

物語では、六条院の春の町の寝殿の東庭を蹴鞠の庭に見立て、満開の桜の花の間で行われた。散りかかる桜の中で蹴鞠に興じる貴公子たち。それを眺める女三の宮は紅梅襲の上に桜襲の袿姿。髪は身長より20センチ以上も長いと高貴な姫宮の美しさが描かれる。

しかし、ここで紫式部は女三の宮の決定的なミスを上げている。「几帳の際すこし入りたるほどに、 袿姿にて 立ちたまへる人あり」女三の宮は立って蹴鞠を見物していたのだ。当時、女性が立つことはほとんどなかった。だいたい座っていたり、ものに寄りかかっていたり、移動の際も膝行(膝でにじる)する程度だった。立っている、ということはそれだけでたしなみのないことだったのだ。

つまり、女三の宮は美しいし、高貴の育ちかもしれないけど、ちょっとたしなみの足りない女性であると設定されているわけだ。双六の近江の君といい、蹴鞠見物の女三の宮といい、紫式部の人物設定は的確で容赦ない。その観察眼は小説家ならではだろう。

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