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京都御所シリーズ3 清涼殿

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おはします殿の東の廂、東向きに椅子立てて、 冠者の御座、 引入の大臣の御座、 御前にあり。 申の時にて源氏参りたまふ。角髪結ひたまへるつらつき、顔のにほひ、さま変へたまはむこと惜しげなり。(源氏物語 桐壺)

光源氏の元服は、清涼殿で執り行われた。東向きに帝のお席が設けられ、光源氏と加冠役の左大臣の席がその前に作られる。童形の顔だち、美しさ、これを大人の姿に変えてしまうのはとても惜しく思われる。

清涼殿は帝の日常生活の場。紫宸殿の北西に東向きに建てられている。帝は先年、春宮が紫宸殿で元服の儀を行ったため、それに若干の差を付けて清涼殿を使ったのである。ただ、その様子は春宮のそれにも引けを取らなかったという。

清涼殿はまた「紅葉賀」の巻で、御前の試楽が行われたところでもある。光源氏の子を宿す藤壺の宮は、秋の夕陽に照り映える光源氏の「青海波」を見る。そばにはコキュにされた桐壺帝。そして藤壺に思い届けとばかり舞う光源氏。藤壺は胸締め付けられるような思いだっただろう。

ただ、弘徽殿女御は「神が空から魅入りそうなルックスだこと。気味が悪い。不吉だわ」などと一人場違いに気炎を吐いている。彼女はよくよく光源氏が嫌いなのだろう。

という具合に、帝が日常を過ごすだけに、いくつものエピソードの舞台にもなっている。母屋の北側には帝の寝所である夜の御殿がある。桐壺更衣を亡くした桐壺帝はここで嘆きながら夜を明かしたこともあった。

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清涼殿の母屋には「昼の御座」が設けられている。御帳台の中には大床子と呼ばれる腰掛け。前には狛犬が置かれ、平安時代の様子をよく伝えている。

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