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「源氏物語に見る 王朝貴族の失敗学22」 光源氏に従った男と裏切った男(2)

■あのとき、なぜついていかなかったのだろう
さて、今回注目したいのはこの空蝉ではなく、弟の右衛門佐の方。彼は空蝉への連絡係として光源氏に雇われ、ずいぶんかわいがられました。二人の接触を描いた部分からは何となくBoys Loveっぽい雰囲気も感じられるほどです。とまれ、光源氏に取り立てられたことで、彼はかなり出世することができたのです。

ところが、光源氏が須磨に退去したとき、右衛門佐は光源氏に従うより、右大臣・弘徽殿一派の目を恐れて姉と一緒に常陸に下ってしまいました。当時の情勢から見れば、妥当な立ち回り方です。でも、その一方で空蝉の継子、右近将監は光源氏が須磨に下ったとき、職を解かれ、光源氏と行動を共にしていました。いま、その人は光源氏に格別に引き立てられています。

その様子を見るにつけ「何であのとき、光源氏様についていかなかったのだろう。私は何と薄情なのだろう。なぜ、一時の損得で世間に追従したのだろう」右衛門佐の心は後悔と恥ずかしさでいっぱいです。「失敗したな」という気持もあったかもしれません。

その点は常陸介の息子で当時紀伊守だった人も同じです。この人はいま河内守になっています。光源氏に従って須磨に行った右近将監はこの人の弟です。彼は弟の愚直なまでの行動をもしかしたら馬鹿にしていたかもしれません。しかし弟はその誠実な行動が認められ、光源氏から重用されています。河内守もまた、一時の損得で世間におもねるような行動をとった自分を責めていました。

空蝉と光源氏が再会するのは「関屋」の巻です。この巻のメインのお話は空蝉と光源氏の後日談ですが、それよりも紫式部が語りたかったのは誠実な男と、裏切る男の2つのタイプだったのではないかと思います。というのも、この巻は先の「蓬生」の巻の次にあるわけで、読者は末摘花の一途な思いの美しさを読んだあと、光源氏に従った男と、そうでなかった男の姿を見るわけです。

いわば「誠実さ」をリフレインさせているわけで、読者はここで「裏切らない心」の重要性を再認識させられます。それはこの後の空蝉にもいえます。彼女は表向き光源氏を拒み続けましたが、心の中ではずっと彼を思っていました。この再会を機に、彼女は光源氏にぽろりと本音の見える歌を返しています。光源氏はその気持ちをくみ取り、うれしく思ったことでしょう。その後も折に触れ、空蝉に手紙を送っていました。

その思いは空蝉の夫の死後に光源氏の行動となって表れます。夫の死後、自分より年上の継子に言い寄られた空蝉はそれを嫌って出家してしまいました。光源氏はその後、寄る辺のない彼女を二条東院に引き取り、面倒を見ています。男女の関係ではなくなりましたが、やはり相手を思い続けた人間には、手をさしのべるのが光源氏です。

紫式部は蓬生、関屋の2巻で続けて誠実な人々、不誠実な人々を対比させて描いています。ここから彼女のいいたいことは自ずと浮かび上がってくるでしょう。裏切りは後悔を招く—女房として働いていた紫式部は、当時の現実をこのような形で物語に昇華させたのかもしれません。(この項終わり)
※本稿は関西インターネットプレス(KIP)より転載いたしました。

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コメント

 いつ読んでもいろいろと勉強になります。
 既にご存知かとも思いますが、6日の毎日新聞朝刊で「源氏物語への扉」という見開き特集がありました。6日が第1回で、隔月4回(たぶん月始めの日曜日ってことかな?)の掲載予定だそうです。
 第1回は、瀬戸内寂聴さんとロイヤル・タイラーさんのインタビューがメインでした。タイラー氏が指摘する「華麗さに潜む兄弟の相克」という点は、興味深い視点でした。

投稿: 無頼庵 | 2008年4月 7日 (月) 19時35分

無頼庵さん、コメントありがとうございます。

毎日新聞でそのような特集があったのですね。残念ながら読んでいませんでした。

が、以前毎日新聞に載ったロイヤル・タイラー氏の記事で「女三の宮の降嫁は朱雀院の復讐だった」という記事を読み、目から鱗が落ちる思いをしたことがあります。

実は偶然、今日付で発行のメールマガジンに、その話題を書いたところでした。
http://archive.mag2.com/0000000122/20080407174000000.html

大塚ひかりさんは、朱雀院にとって光源氏は憧れの人だったとしていますが、このように様々な解釈ができるのも、源氏物語のおもしろさのひとつですね。

投稿: 鳴川和代 | 2008年4月 7日 (月) 23時19分

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