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京都の揚屋 角屋が源氏物語別本所蔵

すでに新聞各紙等で報道されているが、島原の揚屋「角屋」に所蔵されている源氏物語の写本が、鎌倉後期のものとわかった。

いま、源氏物語の写本の主流となっているのは鎌倉時代に藤原定家さんが校訂した、いわゆる「青表紙本」といわれるものである。もうひとつ、鎌倉の地で源光行さん、親行さん親子が校訂した「河内本」とよばれるものもあるが、室町時代以降は、青表紙本の方が定着した。これは歌壇において、定家さん崇拝の風潮があったためとされる。

河内本の方は、青表紙本よりも本文が説明的で、意味が取りやすいとされているが、紫式部さんの文体城の特色とされる部分も消えているといわれる。一般的には青表紙本の方が、もとの文体を伝えているとされる。

ところが、今回鎌倉後期のものと判明した写本は、青表紙本とは別系統になることがわかった。残されているのは「末摘花」の巻だが、末摘花さんの容姿などについては青表紙本よりも詳細に記されているという。

京都新聞に記された加藤洋介大阪大学文学研究科準教授の談によればこれは定家さん以前の平安期の異本の可能性もあるとか。私たちはいまある青表紙本の源氏物語を原文として読んでいるが、紫式部さんの原典にかなり手が入っている可能性が高いかもしれない。定家さんが百人一首にもしばしば手を入れていることからもそれは容易に想像できよう。

例えば、持統天皇の「春過ぎて 夏きにけらし 白妙の 衣干すてふ 天香具山」はもともとは「春過ぎて 夏きたるらし 白妙の 衣干したり 天香具山」だ。定家さんの手が入って、少しばかり洗練されたかもしれないが、原作の力強さは失われたように思う。源氏物語に対しても、同様の改訂がなされていないとは限らない。

とまれ、貴重な異本である。完本なら重文クラスだとか。この写本はきょうから7月18日まで、角屋で一般公開されるそうだ。ぜひ足を運んでみたい。

写真は角屋Sumiya

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