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源氏物語に見る 王朝貴族の失敗学19 弘徽殿大后の失意(2)

■とうとう失脚させられなかった
念願叶って光源氏を須磨へ追いやった弘徽殿大后。いよいよわが天下と喜んだことでしょう。しかし、事はそうそううまくは運びません。朱雀帝は夢の中で桐壺院と対面し、光源氏への処置を叱責されます。そのとき、桐壺院と目を合わせたせいで眼病を病んでしまいました。弘徽殿大后はこの報告を受けますが、一笑に付してしまいます。

当時は物の怪に悩んだり、夢を気にしたりすることも多かった時代ですが、悪い夢を気にせず、一笑に付すあたりが、弘徽殿大后の合理的でドライな性格が表れているように思います。さらに、父太政大臣(もと右大臣)が亡くなり、弘徽殿大后自身も病気になってしまいます。普通なら、この辺で相当参ってくるはずですが、それでも弘徽殿大后は光源氏召還には絶対反対です。やっぱり、この人の気の強さは半端ではありません。

しかし、ここでいままで弘徽殿大后の言いなりだった朱雀帝が初めて、自らの意志を貫きます。弘徽殿大后の反対を抑え、明石の光源氏に赦免の宣旨を下しました。光源氏が政界に返り咲き、弘徽殿一派はもう忘れ去られたような雰囲気です。弘徽殿大后は重病の床にありながら「ついにこの人をえ消たずなりなむこと」と悔しがっています。「え消たずなりなむこと」とは「失脚させられなかった」「政界から葬り去ることはできなかった」と行ったようなニュアンスでしょうか。このひと言に、弘徽殿大后の悔しさ、無念さがにじみ出ているようです。

さらに追い打ちをかけるように、息子の朱雀帝が、光源氏と藤壺中宮の子、冷泉帝に皇位を譲ってしまいました。冷泉帝は元服したばかり。あまりにも急な譲位に、弘徽殿大后はあわてふためきますが、朱雀帝は「ふがいなく思われるかもしれませんが、私はゆっくりと親孝行したいのです」と慰めるのでした。

せっかく手に入れた権力は手の内から滑り落ち、何でもいうことを聞いた息子すら自分に背き、弘徽殿大后の失意はどれほどだったでしょうか。その失望を思うと、気の毒になるほどです。

実は私、弘徽殿大后がそれほど嫌いではありません。リアリストで、合理的で、ちょっぴり感情的な、とてもわかりやすい人。でも、時々漢文の知識を披露するなど、インテリジェンスもある人です。敵役ですらしっかり人物造形がなされている源氏物語って、やっぱりすごいと改めて思ったりもするのです。とまれ、光源氏の失脚に失敗した弘徽殿大后、この先も自分の行為を後悔することはあれ、やっぱり口やかましい存在として、読者を楽しませてくれます。(この項終わり)
※本稿は関西インターネットプレス(KIP)より転載いたしました。

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