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源氏物語に見る 王朝貴族の失敗学19 弘徽殿大后の失意(1)

■弘徽殿大后という人
源氏物語最強の女性といえば、様々な意見もあろうかとは思いますが、弘徽殿大后は確実にその一翼を担う人です。

この人は右大臣の娘で、桐壺帝の女御でした。桐壺帝が皇太子のころから入内し、第一皇子を生みます。この子が後の朱雀帝になりますが、桐壺帝の寵愛が桐壺更衣に集中し、光源氏が生まれたことで桐壺更衣母子を憎みます。数々の桐壺更衣いじめの首謀者もこの人ではないかと推測されます。

その憎悪は桐壺更衣が亡くなっても消えず、悲嘆に暮れる桐壺帝を尻目に管弦の遊びを催すなど、その気の強さが尋常ではないことがうかがえます。その後も、光源氏の美しさをそしったり、中宮になった藤壺に対する憎しみ描かれるなど、感情を抑えて表現される女性が多い中、この人物の怒りや妬みは際だっています。

中でもすさまじかったのは、光源氏と朧月夜の密会が露顕した場面です。二人の密会を目撃した右大臣は深い考えもなく弘徽殿大后にこの事態を知らせに行きますが、その怒りのすさまじさに「何で知らせてしまったのだろう」と後悔するほどだったと書かれています。右大臣はこの人の父なのにそう感じるのですから、それはそれはすごかったのでしょう。

でも、これは弘徽殿大后にとって渡りに船だったのかもしれません。当時、光源氏や藤壺中宮の庇護者だった桐壺院はすでに崩御し、時は右大臣一派の天下。そこへ降って湧いたような光源氏の失態。朱雀帝は柔和な人で、弘徽殿大后の言いなりです。彼女は光源氏を謀反人に仕立て上げ、とうとう須磨退去に追い込んだのですから。もう、邪魔者はいません。彼女はきっと、朱雀帝の後ろで権力をほしいままにしていたことでしょう。(次回へ続く)

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