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大本山盧山寺 紫式部邸宅あと

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盧山寺は13世紀中盤に、現在の出雲路あたりに開かれた寺である。その後、船岡山南麓にあった輿願金剛院に統合された。現在地に移ったのは1573年。ここは紫式部の邸宅だったところだ。

紫式部の住まいはその曾祖父、中納言藤原兼輔によって建てられた。賀茂川の西の堤防に接していたため「堤邸」と呼ばれ、兼輔は堤中納言の名で呼ばれている。ちなみに「堤中納言物語」という平安後期の物語があるが、これは兼輔とは何の関係もないらしい。

その後邸は叔父の為頼、父為時と受け継がれた。紫式部が住んだころにはすでに築100年は経とうかという古い家だったそうだ。

源氏物語ではこのあたりを「中川のわたり」としており、光源氏が空蝉と出会った紀伊守の家もここからやや南に下がったあたりに設定されていたと考えられている。さらに、その南には麗景殿女御の中川の邸、つまり花散里の姉の邸が想定されていた。

紫式部が、自分の邸の近くに空蝉や花散里といったどちらかというと地味な、でも好意的に描かれた人物の住まいを置いたのは、何らかの意味があるのだろうか。

私が訪れたときはちょうど、非公開文化財の特別拝観が行われており、住吉廣尚画の「若紫」の絵が展示されていた。また、本堂前の庭は「源氏庭」と名付けられており、紫式部にちなんだ紫色の桔梗が植えられている。

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