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鴻臚館

Kourokan

鴻臚館

「 国の親となりて、帝王の上なき位に昇るべき相おはします人の、そなたにて見れば、 乱れ憂ふることやあらむ。 朝廷の重鎮となりて、天の下を輔くる方にて見れば、またその相違ふべし」

少年光源氏は、平安京の南にあった鴻臚館に高麗人の人相見を訪ね、こう告げられた。鴻臚館はいまでいう迎賓館。外国からの使節を接待する場所である。当時の七条坊門の南、七条通の北側に、朱雀大路をはさんで東西ふたつの鴻臚館があった。現在の場所でいえば、七条千本通あたりだ。

輪違屋や角屋のある島原の一角には「東鴻臚館址」の石碑がある。この碑の記述によればここでは渤海国の施設を接待しており、延喜20年(920年)ごろには廃されたとある。従って、源氏物語の舞台は920年以前。桐壺帝のモデルといわれる醍醐帝の時代にあたる。よくいわれることだが、源氏物語は当時の近代を描いた歴史小説でもあったのだ。

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