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源氏物語に見る 王朝貴族の失敗学9 コキュは本当に何も知らなかったのか?(2)

(昨日からの続き)
◆不義の子を身ごもって…

ところが!です。恐ろしい事実が判明します。藤壺の妊娠。男女の関係を持ったのですから、当然といえば当然ですが、相手は桐壺帝の妃。しかも、実家に帰っていたときに妊娠してしまったのです。光源氏もそれを聞き、恐れおののきます。二人の手引きをした王命婦もさすがに怖くなり、もう二人を合わせようとはしません。桐壺帝には「物の怪のせいで妊娠に気づくのが遅れた」とごまかしました。桐壺帝がこれを本当に信じていたのかどうかはわかりません。ただ、現在のように科学が発達していなかった分「物の怪のせい」ということばは有効だったようです。

一方、寵姫の妊娠を知った桐壺帝の喜びはいかばかりでしょうか。一層藤壺をそば近くにおいて離そうとしません。宴の音楽のリハーサルを見せたり、彼女を喜ばせようと心を砕いています。悪いことにそのリハーサルには光源氏も出演していたのです。頭中将と「青海波」という二人舞を舞いました。それを帝のそばで眺める藤壺。藤壺に届けとばかり踊り、歌を詠む光源氏。二人の心は千々に乱れていたことでしょう。

秋も過ぎ、出産予定の12月が過ぎ、正月を迎えてもまだ藤壺は出産しません。光源氏も藤壺も、これはあのときの子どもと、罪の意識におののいています。ようやく子どもが産まれたのが2月の10日過ぎ。生まれたのは光源氏そっくりの玉のような男の子でした。父性愛に目覚めたのか、光源氏はしきりに子どもに会いたがります。初めての子どもですからね。一方、藤壺は子どもの顔を見るのさえ恐ろしく感じています。だけど、こうなると母は強し。光源氏を遠ざけ、事実を知っている女房さえ遠ざけて子どもを守ろうとします。

出産を知って喜んだのが桐壺帝。自分のいちばんかわいがっている光源氏にそっくりな男の子。母親の身分も高く、この子なら将来皇太子にだってできます。しかし、桐壺帝が寵愛と期待を語るたび、藤壺は身の置き所のない罪の意識にさいなまれます。ある日、桐壺帝は赤ん坊を抱いて光源氏の前に現れました。「これが我が子か」と思う間もなく、「あなたによく似ている。小さいときはみんなこうなのだろうか」という帝のことばに光源氏はいたたまれなくなります。

ここで読者はコキュと間男の対面を読むことになります。満面の笑みで間男に不義の子を見せて喜んでいる図。何も知らず笑っている桐壺帝はとてもマヌケに見えます。おそらく、光源氏もおののきながらも一抹の軽侮を感じていたかもしれません。私も初めて読んだころはそう思っていました。だけど、少し大人になったいま、桐壺帝は、本当に何も知らなかったんだろうか、と思うことがあります。みなさんはどうお感じになりますか?(この項終わり)

※本稿は関西インターネットプレス(KIP)より転載いたしました。

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