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源氏物語に見る 王朝貴族の失敗学12 形式が大切なときだってある(2)

(昨日からの続き)
◆正式な手続きを踏まない婚姻の不安

光源氏はやっと思いを遂げた喜びでいっぱいです。二人が結婚したことを周囲に知らせるため、結婚のあとに食べる餅を整えたり、紫の上の裳着の儀(女子の成人式)を行い、兵部卿宮の娘だということも披露しました。一応結婚したという形を整えたわけです。

でも、当時の正式な結婚は同じ身分、階級の男女が手紙のやりとりに始まり、様々な手続きを踏んで一緒になるもので、家と家の結びつきが重視されていました。男は妻の実家を足がかりに出世しようと考えたり、妻の親も将来性豊かな婿を取って一家の繁栄をねらったりしたのです。

従って、本人同士の合意だけで成り立つ自由恋愛は野合と見なされ、軽んじられていました。正式な手段を踏まず、なし崩し的に事実婚に踏み切られた紫の上の場合は、双方の合意はありませんでしたが、プロセスを考えれば典型的な野合だったといえます。

もし、彼女が父・兵部卿宮の姫君としてその邸に住んでいたら、こんな目には遭わなかったかもしれません。実家の後ろ盾のない、野合的な結婚なんてしなくてすんだはずです。いくら光源氏のことを嫌っても、彼女にはほかに行くところがありません。世間的に認められた正妻の立場を得たわけではないのに、光源氏の愛情と財力以外、頼るものがないのです。

光源氏が本当に紫の上を愛しているのであれば、兵部卿宮との間できちんとした手順を踏んで紫の上を正妻にすべきでした。これは光源氏一生の不覚、大失敗でしょう。形が整っていれば、紫の上の立場は安泰だったはずです。一見愛されているようで、実はとても不安定なこの立場は、後々紫の上を悩ませることになります。(この項終わり)

※本稿は関西インターネットプレス(KIP)より転載いたしました。

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