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源氏物語に見る 王朝貴族の失敗学8 衝撃!超年の差カップル誕生(1)

◆20歳の貴公子と「いたう老いたる」おんなの恋

以前、40歳の小泉今日子と20歳のKAT-TUN(カトゥーン)の亀梨和也くんの年の差カップルが報じられ、話題を呼びました。世の中年女性はこのオハナシに大いに勇気づけられたのではないでしょうか。何せ女性が20歳年上。まあ、小泉今日子だからOKなのかもしれませんが、それでもちょっぴり楽しい夢が見られそうな話題ではあります。

ところが!1000年も前、源氏物語ではもっともっとすごい年の差カップルが描かれていました。男性はいまをときめく20歳の青年貴公子、光源氏。ちょうど亀梨くんと同い年です。一方、女性は57、8歳。光源氏の3倍近い年齢。原文では「年、いたう老いたる=ずいぶん老いている」とも書かれています。いまの57、8歳ならまだまだ若々しい人もたくさんいますが、当時はもう本当におばあさん扱い。イメージ的には77、8歳ぐらいの雰囲気を思い浮かべてください。あ、東山紀之と森光子を思い浮かべるのもちょうどいいかも。

この女性は源典侍(げんのないしのすけ)と呼ばれ、帝に使えていました。源と付くぐらいですから、皇族の流れをくむ家柄の出身で、教養も高い才女。歌や音楽の才能もあり、帝も一目置いて重用していました。ところがこの人にはひとつ欠点が。原文には「いみじう仇めいたる心ざま」とありますが、ずいぶん浮気性だといったような意味です。つまり、いくつになっても男性を求めてやまない、よくいえば恋の狩人でした。

◆ストライクゾーン、広すぎ!

光源氏も恋の狩人としては人後に落ちません。恋のうわさが絶えない源典侍に「なぜこの年でそんなに浮気性なのか」と、興味を持ち、ついつい誘ってしまったのです。勇気があるというか、好奇心旺盛というか、恐いもの知らずというか。でも、源典侍の方は有頂天。孫のような年ごろの、水もしたたる貴公子からのお誘いです。飛びつかないわけがありません。結局ふたりは男女の関係に。わずか10歳の若紫を強奪してきたかと思えば、今度は超年上。光源氏のストライクゾーンの広さは脱帽ものです。

でも、光源氏が人間くさいところは「こんな関係、人に知られちゃまずいよな」と思っているところ。さすがに外聞が悪いと思ったのか、しばらくは源典侍に対してよそよそしく振る舞っていました。ところがある日、ふたりきりになる機会が。こんな時、ついちょっかいを出してしまうのが光源氏の悪い癖。源典侍にしたら「そんなところがカワイイ!」ってな感じでしょうが。

さて、ふたりきりになった源典侍、確かにファッションセンスは抜群です。ヘアスタイルも色っぽく華やか。だけど若作りなんですね。そばへ近づくとそれが一層あからさまに。さらに振り返ったその姿。紫式部はこれでもか、というほど意地悪い筆致でこき下ろしています。

目元は落ちくぼんで黒ずみ、髪はそそけだち、手元の扇はド派手なマッカッカ。しかもその端には「私はいま空き家よ」というような意味の歌が。それを見て改めてぞっとした光源氏、逃げようとするのですが、源典侍は袖をとらえて離しません。色気たっぷりに光源氏の気をひこうとし、冷たくされるとヨヨと大げさに泣いて見せたりします。

ところがこのシーン、障子の影から帝がご覧になっていました。うわさは瞬く間に宮中に拡大します。「光源氏様が源典侍と…」「ウソ、あんなおばあちゃんと?」「いやん、ショック」「源典侍様って隅に置けないわね」「私だって」などと、口さがない女房たちはあれこれうわさします。もちろん、宮中に仕える殿上人の間にも伝わっていきました。(明日に続く)

※本稿は関西インターネットプレス(KIP)より転載いたしました。

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