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源氏物語に見る 王朝貴族の失敗学9 コキュは本当に何も知らなかったのか?(1)

今回は、失敗学でも何でもありませんが、源氏物語を語るに欠かせない重要局面なので、ここでまとめておきたいと思います。源氏物語重大事件のひとつ「藤壺妊娠事件」です。光源氏が若紫を自宅へ連れ帰ったり、末摘花にいいよったり、源典侍と浮き名を流している間に、こんな重大な事件が語られています。

◆「帝の妃」への恋

藤壺とは、光源氏の父・桐壺帝の妃の一人。先帝の娘で、光源氏の母・桐壺の死後、女御として桐壺帝のもとに入内しました。光源氏より5歳年上の藤壺は、その面差しが光源氏の母に似ているいわれ、光源氏と並ぶ美貌の持ち主として「輝く日の宮」と呼ばれていました。

藤壺のもとにたびたび出入りしているうち、少年時代の光源氏は恋心を抱くようになったのです。葵の上と結婚したころからすでに、藤壺に思いを寄せていたことが書かれています。ちなみに、光源氏が北山で出会い、我が家に連れ帰った紫の上(若紫)は、藤壺の兄、兵部卿宮の婚外子です。そのためか藤壺と紫の上もよく似ているとされています。

少年時代からふくらんでいった光源氏の恋心。しかし、帝の妃への恋は禁断の恋。容易には満たされません。空蝉に出会う以前、もしかしたら二人は関係を持ったのではないかという記述がありますが、それすらあまりにもぼかされていて、定かではありません。光源氏は満たされぬ思いを抱えながら長年過ごしていました。

藤壺と光源氏の恋のことを「義母との不倫」といったりする人がいますが、そういう考えはとても現代的ですね。ここは藤壺を「帝の妃」と認識しておくのがいちばん妥当だと思います。本稿でもそういう立場で話を進めていきます。

◆里帰りのすきにとうとう…

さて、そんなある日のこと。藤壺は体調を崩して実家に里帰りしました。光源氏はこのチャンスを見逃しません。ある日、藤壺の女房の王命婦に手引きを頼み、ついに藤壺と関係を持つことに成功したのです。ここでおもしろいのは「命婦の君ぞ、御直衣などは、かき集めてもてくる」と書かれていること。光源氏が衣装を脱いでしまっていることがよくわかります。つまり、二人はことに及んでしまった、ということをここではっきりさせているわけですね。源氏物語にすると、珍しくえっちな表現です。

しかし、思いを遂げたのもつかの間、光源氏は短い夜を恨みながら藤壺のもとを去らなければいけません。一方、藤壺も光源氏を憎からず思っています。もしかしたら、彼女は桐壺帝よりも光源氏の方が好きだったのではないか、と思う節もあります。だけど帝の妃という立場は重いものです。もし、これが誰かに知られたら、と思うと藤壺は居ても立ってもいられません。とにかく、帝にだけは気取られたくない、と帝から参内の要請があってもなかなかこれに応じませんでした。(明日に続く)

※本稿は関西インターネットプレス(KIP)より転載いたしました。

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